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2009年 07月 18日
映画「劍岳 点の記」。
映画「劍岳 点の記」公式サイト。http://www.tsurugidake.jp/ Cinema Topics Online http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=8918 新田次郎原作の映画:「劍岳 点の記」を観てきた。 中高年層の絶大な支持を得て公開中、か。 つい先日は北海道トムラウシあたりで10人ほど死んだ(遭難した)。 すべて60歳以上だとか。 自己責任の部分もカナリありそうに感じた。 山を軽くみちゃイカンゼヨ! 映画:「劍岳 点の記」は、登山部分のロケ地が今でも過酷な劍岳。 大劇場の迫力ある大画面で見るべし。 かつて小生も劍岳に登るべく出かけたことがある。 初秋9月、絵具をブチまき散らしたような錦秋の立山連峰。 劍御前小屋まで登って天候が思わしくなく、勇気をふるって登頂を断念し、雄山(立山)に登って降りてきた思い出がある。 吾輩の劍岳登頂断念で残念の記: http://yamanteg.exblog.jp/1032784/ 明治時代末期、登山路もない死の山といわれた劍岳への初登頂は、大事業であったろう。 陸軍参謀本部陸地測量部(現在の国土地理院、とは初めて知った)。 地図を作るため三角点を設置するために、劍岳に初登頂を試みる陸軍測量部と山案内人、対する日本山岳会。 測量部がついに初登頂を果たしたが、そこには奈良時代のものと思われる修験者の錫杖があった。それでも測量のため引き続き次の山に向かう一行。 「オレ達の登山は遊びだった。 測量部の登山は測量し地図を作るため。その使命に敬意を表します・・・・・」 手旗信号で敗北宣言を伝える日本山岳会、感動的で清々しい場面だ。 バッハ等のバロック音楽が、神々しくも秀麗な雪山に吸い込まれていくようで印象的だった。 引用: 「剱岳点の記」で使われている曲: ●(J.S.バッハ) 幻想曲とフーガト短調、G線上のアリア ●(ヴィバルディ) 協奏曲集《四季》---夏以外 ●(A.マルチェッロ)オーボエ協奏曲ニ短調 ●(T.アルビノーニ)アダージョ ●(ヘンデル)サラバンド=「ヘンデル(編曲/池辺晋一郎):ハープシコード組曲第2番 HWV437 より 第4曲サラバンド」 映画全編に流れる音楽は全てクラシック曲でした。 ヴィヴァルディの「四季」から春・秋・冬、マルチェルロ「オーボエ協奏曲ニ短調 第2楽章」、バッハの「G線上のアリア」、ヘンデルの「ハープシコード組曲サラバンド」、アルビノーニの「アダージョ」などです。 特に、ヴィヴァルディの「四季」から「秋」のメロディーは紅葉に染まる北アルプスにピッタリです。 「サラバンド」と「オーボエ協奏曲」は何回か登場します。 剣岳案内人の宇治長次郎が、息子からの手紙を読んでいる場面に「G線上のアリア」が流れていたのも印象的でした。・・・・・・・・・引用終わり。 人は「何をしたか」ということではなく「何のためにそれをしたのか」ということが重要な事だ。 という言葉を聞いたとたん涙があふれて止まらなくなってしまいました。 (原作者新田次郎のご子息:数学者・作家=藤原正彦氏) 地図をつくるという事はただ、記録を残すということではなく、そこに暮らしている人が自分はどの位置にいるのかを確かめる重要なもの。 人が存在している場所を示す証のようなもの・・・・・・・・。 そうなんだ。 今でこそGPSやGoogle地図で難なく示せるけどー。 この映画も原著もまだ見ていませんが、八甲田山雪中行軍を思い出すような人権無視時代の事件。犠牲者の行動を称え死を悼む演出の陰で、それを計画し、指揮した指導層の責任追及が問われなかった時代の悲劇でしょう。 そうですね・・・ ぜひとも大画面で見たいです dankkochiku さん。 八甲田山雪中行軍遭難事件(原作=新田次郎:八甲田山死の彷徨)。 日露戦争に備えての雪中訓練で、青森連隊は210名のうち199名死亡、弘前連隊は37名が全員無事帰還。未曾有の気象条件であった。 指揮官の素質と判断力の相違が命運を分けた。 軍上層部は弘前連隊の帰還を隠蔽しようとした説もあるようです。(弘前連隊は山案内人をつけた。) 「劍岳・点の記」は山案内人と測量隊員(文民)との連携がポイントでしょう。 なお、こちらは犠牲者は出ていません。 akemie さん。
大画面、ど迫力の音響装置向き映画の一つでしょう。 60歳以上であることの証明(シニア1000円)を要求されなくなり(一見判別可能)、有難いけどチョット寂しい。
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