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2007年 05月 13日
奥穂高岳に登ったのは昭和44年(1969)9月である。
9月13日 昨夜新宿発の夜行にて今朝松本に着く。 当時のメモを見るとグリーン車(1400円)に乗っている。安月給の身ながら奮発したようだが覚えていない。当時の山小屋1泊も同じ1400円前後だった。 新島々からバスが一時不通で遅れた。 上高地に入ると快晴なり。目の前に聳えるのは、噴煙あげる焼岳だろう。 12:45歩き始める。徳沢園、横尾、本谷橋を経て、涸沢ヒュッテに午後6:45到着。 初秋の夕暮れ、ヒュッテの灯が上方に見える薄暗い中、1時間弱の急登はきつかった。 マイペースで6時間、これでいいのだ。 涸沢ヒュッテは当時としては清潔な山小屋であって、夕食もよかった。 外に出て見ると数多の星が空いっぱいに輝いている。 9月14日 涸沢ヒュッテ7:30出発、とは遅いなあ。 穂高岳山荘10時着。雷鳥がチョコチョコ動いている。 30分休憩後出発、11:15奥穂高岳山頂に立つ。 槍ヶ岳が見える。ユニークな形をしたジャンダルムが見える。 昼食、1時間ほど山頂の眺望を満喫し12:20発、前穂高岳に着いたもののガスで眺望きかず、40分滞在後ガスの中を奥穂高岳に引き返し、穂高岳山荘に午後4:15着、宿泊。 シーズンの盛りは過ぎているものの、やや混み合っていた。 9月15日 雨と霧。9時まで待ったが好転せず山荘を出て奥飛騨側に下り始める。雨と風が新穂高温泉側から吹き上げる。 白出沢出合の水場で休憩、牧場で道に迷ったが新穂高温泉・ホテル穂高に午後3:30着、宿泊。 1年前に蝶~常念~大天井~槍と縦走後、下りて泊まったなつかしいところである。 山(笠ケ岳だろう)を眺めながらの温泉、その後のビールこそ極楽ごくらく。 新穂高温泉は奥飛騨温泉郷の最奥である。 上宝村(かみたからむら)、おめでたくも歴史ある地名だが、2005年2月1日より、合併で高山市に編入されてしまった。なお、西穂山荘へのロープウエーが開通しているが、当時の地図にはのっていない。また、奥穂高岳山頂は上宝村であった。 健脚向きは北穂や西穂に足を伸ばすのだろうが、今回は単独行でもあり、穂高連峰の王者、奥穂高岳登頂が目的だったから、余裕のある日程を組んだ。
by yamanteg
| 2007-05-13 20:56
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