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2005年 12月 23日
映画「男たちの大和」を見た。
平日の昼間なのに満員である。(東京・上野) 戦艦大和の誕生から沈没まで、およびその後の人たちの生き様を描く。辺見じゅん原作。 2時間25分の長編であるが、全く息つくひまがないほどの展開、あっというまに過ぎていた。延々と続く戦艦大和最期の戦闘シーン(昭和20年4月7日)は、その後の静謐と回顧のシーンを際立たせる。 「亡き戦友のところに父の骨を帰さなくては、私の戦後は終らないのです。」 十数時間かけて大和の沈没した海域に着くと、 「内田兵曹、ただ今、帰りました」と敬礼、 ハンカチに包んだ父の骨をていねいに海に流す。 嗚咽。 何かを守るために戦い散っていった3千有余名。 戦艦大和の壊滅で日本国の命運も尽きた。今のは別の新しい国である。 いったん壊滅して再び世界に返り咲いた日本。 60年経ってふたたび岐路にたつ。 戦艦大和が沈没したのが昭和20年4月7日。 我が兄(海軍飛行予備学生)が戦死したのが昭和20年7月4日。(21歳) 靖国神社に祀られている。 今の若者より、当時の若者の方が幸せだったかも知れないと思うことがある。 (この点につき議論は避けたい)
by yamanteg
| 2005-12-23 22:00
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